手賀沼の干拓プロジェクト
毎度のことながら、手賀沼周辺のスポットです。
手賀沼周辺は、江戸に続く水運の要所として栄えていた場所です。手賀沼周辺で商いを営む人々は、手賀沼の水運と江戸に比較的に近い立地を味方につけていたことでしょう。その一方で手賀沼は、昔から大洪水を繰り返してきた沼です。昔から人々を苦しめてきた洪水は、現在でも台風による床上浸水等があることを考えると、相当な被害をもたらしていたのだと想像できます。
江戸時代から続く干拓事業は、現在でも施設の修繕という形で続いており、約300年にわたり人々は、手賀沼の水の恩恵にあずかり、手賀沼の水と戦っていると言えるでしょう。江戸時代、この事業に参入した一家が当時、銀座周辺で商いを営んでいた「井上家」でした。下リンクの関東農政局が気合の入ったまとめPDFを作成されているので、詳しくはこちらを参照してください。令和3年から修繕が始まるとのことです。
今も残る「井上家」
手賀沼を周回するように幹線道路が走っておりますが、その幹線道路沿いに「井上家」はあります。特段、大きな案内看板はありませんが、幹線道路沿いに広い駐車場のような広場がありますので気付きます。
立派です。こちらは裏門なのですが、この裏門の瓦の積み方が独特でした。
RICOH GRのシャドーの出し方・落ち方って、本当に素敵。ストンと落ちてほしいときに、落ちてくれる。
現在、内部は見学できませんでしたが、外からぱしゃり。柏市にある吉田家とは違う雰囲気でした。やはり、身分の壁は厚かったのでしょうか。