Kikroing on the Tree

日記とポートフォリオ

暗室のすゝめ(プラクティカルで効率的なプリント技法の基本を身につけるための指南書)

2019年初版

2022年1月4日改訂

 

まえがき

本投稿は、私が大学時代に暗室技法をまとめていたものを、そのまま記載しており、コロナ禍で技術の継承が難しくなった団体で活用されることを期待しています。特に大学写真部は、部員の移り変りがあるため、技術の継承が難しいです。そのような大学写真部を筆頭に、当ページが届いたら嬉しい限りです。

 

まず初めに、この冊子を手にとってくれてありがとうございます。本資料は2019年に某大学写真部にて行われた暗室技術を継承するワークショップで用いられたものです。暗室技法は脈々と受け継がれ現代までその形を残しています。しかし、近年のフィルム原材料の環境基準による生産中止、印画紙の販売終了により、暗室の維持が困難になりつつあります。弊部の暗室は引き伸ばし機の故障など多くの危機はありましたが、2台の暗室を動態保存できている状態です。今となっては貴重な暗室技術を継承するために、簡略なものではありますが資料として残そうと思います。

 

この資料は暗室のプラティカルな場面での基礎的な手法を記載しています。暗室の準備のやり方や、引き伸ばし機のセット方法などは、紙面の都合上で省いております。なるべく、実用的で教えにくいが、知っておくと便利な情報だけが記載されていると思ってください。また、暗室の準備方法などの、より基礎的な説明は既に、先人が作成したものが多数ありますので、それもご紹介します。

 

最後に、フィルム写真に興味をもち、入部してくれた皆様に、ほんの少しの知識で、その暗室作業が劇的にストレスフリーになり、作品の質が向上することを楽しみにしています。

 

今般、コロナ禍のために、技術の継承が困難になる大学写真部が多数あるかと思います。そのような大学写真部に少しでも助けになれば、幸いと思い、インターネットに残すことに決めました。

 

 

1. 基本的なプリントの流れ

ここでは基本的なプリントの流れをまず初めに概観として押さえておきます。最初に全体像をつかむことで、今後の説明の理解を手助けしてくれるでしょう。

 

f:id:kikorin12345:20220104205912p:plain

 

 以上が大まかな流れとなっています。次章からいよいよ、実践的な内容に入ります。

 

2. ストレートプリントの作り方

1)    イーゼルを使用したサイズの決定

ここではイーゼルを用いたプリントサイズの決定方法を説明します。まず初めに基準となる大きさを各々で決めておくと、後々の作業が効率的になります。ここでは私の(一般的な)サイズを基準にして説明します。一般的なサイズ(35mm判)とは6切に6inch×9inchとなっています。余白と写真のバランスが整っており、おすすめのプリントサイズです。この時の適正な露光時間は絞りがF8.0に露光時間が5秒周辺です。この目安があることで、最初の「何秒にしようかな?」というストレスから解放されます。

 

イーゼルに印画紙をセットする方法】

LPLの4枚羽のイーゼルを使用しましょう。4枚羽の窓枠をみながら6×9inchにセットし、イーゼルに複数ある窪みから、印画紙サイズに適した窪みに印画紙の一辺を引っ掛けて、イーゼルの羽を下ろして固定します。

f:id:kikorin12345:20220104210136j:plain

 

まとめ
印画紙:6切
プリントサイズ:6×9inch
絞り:F8
露光時間:約5秒

 

2)    テストプリントのやり方

ここでは短冊状の印画紙を用いたテストプリントを使い、ストレートプリントに向けた露光時間の決定の説明をします。1)で示した通り、露光時間5秒周辺が適正となるはずなので、4秒から1秒刻みで7秒くらいまでのテストプリントを作りましょう。その際にフィルターを入れなくて大丈夫です。

f:id:kikorin12345:20220104210259p:plain

このプリントを作る際、なるべく、写真の濃度がもっともまばらになり、且つ写真のメインとなるところにセットしましょう。

 

3)    ストレートプリントの完成

2)で確認した適正な露光時間で全面プリントをとります。このプリントをストレートプリントと言います。ストレートプリントで全体のコントラストと焼き込み具合を確認して、本番のプリントの指標にします。

 

4)    ストレートプリントから作品へのアプローチ方法

本番のプリントをする前に、丁寧にストレートプリントをとることで、より簡単に思い描く作品像に近くことができます。ここでフィルターの号数を検討します。号数については3章で詳しく説明します。

 

3. 露光時間計算の応用

1)    サイズによる露光時間変化の計算

今まで6×9inchの大きさの露光時間で確認してきましたが、4切や半切でも同様に計算によって適正な露光時間がわかります。この露光時間は面積比によって計算をすることができます。下に例を提示しておきます。
6:9=2:3ですので、4倍で8:12inch、5倍で10:15inchと縦横比は変化していきます。そして、6:9inchの時に適正露光時間が約5秒ですから、8:12inchの時の計算は、面積比(6×9=54)=露光時間比とできます。


54inch^2:96inch^2=5秒:x秒


この時に、xが約9となるため、8:12inchでの適正露光時間は約9秒となります。同様にして様々なサイズでも適正な露光時間を計算で導き出すことができます。

 

2)    絞りによる露光時間の調整

極端に露光時間が短かったり、長すぎたりする場合もあります。その際は、引き伸ばしレンズの絞りで露光時間を調整しましょう。絞り値と露光時間の関係は以下の通りです。


1段(F8.0からF11)絞ったら、露光時間は2倍


同様にして、絞りを開いたら露光時間は1/2となります。つまり露光時間を稼ぎたい(2秒から4秒に)という場合は絞りを1段絞れば、プリントの濃度はほぼ同一になります。

 

4. フィルターワーク

1)    基本的なコントラスト調整

ストレートプリントから本番のプリントを作成するにあたり、写真のコントラストを決定しましょう。今回は多階調紙と号数フィルターを用いたコントラスト調整を説明します。組み合わせとして、イルフォードのマルチグレード紙とフィルターを例に説明します。オリエンタルなど他社製品も同様にインストラクションが印画紙に同封されているので、それをご確認ください。以下にフィルターによるコントラスト変化の概要を説明しています。

f:id:kikorin12345:20220104210716p:plain

フィルターの号数は0号から5号まであり、2.5号がストレートプリントのコントラストです。0号に近いほど、コントラストが弱まり、5号に近いほどコントラストの強いプリントを作れます。通常のフィルムネガの濃度であれば2号から3号周辺で良好な階調が得られます。フィルム濃度に合わせて適正なフィルターを選択しましょう。また、工夫しだいでフィルターを用いて独創的な作品を作ることもできるので模索してみてください。

 

2)    応用的なフィルターの使用法

フィルターの効果は白と黒をグレーに近づけるか遠ざけるかというものです。より低い号数(0〜1号)では白がグレーに近づきます。つまり、白に色が付きます。白トビをしている場面で効果的に焼き込みが可能になります。一方で、より高い号数(4〜5号)ではグレーから白と黒が離れ、コントラストが高くなります。このことを念頭において、作品作りで活かして焼きの完成度が高い作品を作りましょう。

f:id:kikorin12345:20220104210806p:plain

 

3)    フィルターによる露光時間の変化の計算

フィルターをかけることにより、露光時間が変化します。そのため、フィルターをかけたら、どれくらい露光時間が変化するか、インストラクションを見て確認しましょう。ここではイルフォードのRCペーパーを例にとって説明します。下記のようなインストラクションが印画紙に同封されていると思うのでご確認ください。そして印画紙のフィルターをかけた時のレンジではなく、ISO感度という表を確認してください。

f:id:kikorin12345:20220104210851p:plain

(Ilford)

フィルターなしの状態でのISO感度が500となっています。例えば、2号のフィルターをかけたらISO感度が200となっているため、

 

500/200=2.5

 

となるため、2号フィルターをかけた時は、フィルターなしの状態の時の露光時間から2.5倍した露光時間が適正なものとなります。つまり、5秒のフィルターなしであれば、2号フィルターをかけたら、約12.5秒が適正な露光時間となります。

 

フィルターをかけたら、再びテストプリントで適正な露光時間を見つけ、全面にプリントするというプロセスをしっかりと踏むようにしましょう。計算はあくまでも目安なので、過信しすぎないようにしましょう。特に3号フィルターはネガの状態によって、フィルター効果がまちまちな状態になるため、注意が必要ですのでご留意願います。

 

5. 覆い焼き・焼き込み

ここまで、フィルターを使って、プリントの質を高めてきました。しかし、まだプリントに手を加えて、より優れたプリントを仕上げることができます。フィルムの情報量は印画紙の情報量よりも多いものとなっているので、覆い焼きと焼き込みという手法を用いて、印画紙に情報をさらに落とし込みます。

 

情報を落とし込む方法として、さらに露光させたり、露光させなかったりすることができます。さらに露光させる場合は焼き込みと言って、露光させたい部分以外を手や道具を用いて、隠しながら露光させます。反対に、露光させたくない場所を隠すことを覆い焼きと言います。下のような道具や手を用いて、印画紙を隠したりしながら焼きこんでいきましょう。

f:id:kikorin12345:20220104210949p:plain

(Wikipedia)

人間の目は30%の明暗さを知覚できるとされています。そのため、明暗差を意図的につけたい場合は、他の場所の30%分の露光時間をプラスしてあげると良いでしょう。

 

スプリットグレードプリント法

ここからは少し発展したプリントのテクニックを説明します。このスプリットグレードプリント法は、組写真を構成する際の全体のトーン調整に有効な手段です。この方法では0号(00号)と5号のフィルターを使用し、トーンを調整します。複数のネガの調子が異なっている時に、フィルターワークの秒数比によって全体のトーンを調整できるというものです。例えば、号数の高いフィルターと低いフィルターを4:1の割合で組み合わせるとコントラストの高いプリントが得られます。一方で反対の比率にすると、コントラストの低いプリントを得ることができます。この比をうまく調整することにより、トーンの微調整が可能となります。例を用いて実際に考えてみましょう。

ストレートプリントが5secであればこの秒数を分解し、5号で4秒分、0号で1秒分と分けます。そしてフィルターの露出係数をかけたものが実際の露光時間となりますので、
5号:4秒×5=20秒
0号:1秒×2.5=2.5秒
となります。組写真を作成する際に、全体のトーン調整にご活用ください。

 

他の参考資料の紹介

暗室百科

暗室百科

  • 写真工業出版社
Amazon

これを見ればなんでも分かる。

 

www2.jimu.nagoya-u.ac.jp

よいこのための暗室の本_名古屋大学写真部は、うまくまとまっている。

 


www.youtube.com

基礎的なことを動画で紹介されている。

 

あとがき

最後まで本資料を読んでいただき、ありがとうございました。本資料作成中も、「あれってどうなってた?」など疑問に思う部分も多々ありました。資料作成にあたり、再び思い返すことで私の頭の中も整理されたのを実感しています。私がこの資料を作成できたのも、とある暗室教室のおかげだと思っております。感謝申し上げます。また弊部の暗室が現在までも稼働できているのは先輩たちの努力のおかげとも思っております。

この資料を作成できる喜びは大きなものでした。今後の暗室技術の継承に本資料が寄与できるなら、それは私にとって最大の幸せだと思います。

 

*本資料の著作権はKikoriに帰属します。
*参照した図などはネット上から拾ったものもあるため、注意してください。